2016年10月01日

「黒パグナイトの福島 いわき市 磐城平城復元「一夜城プロジェクト」いわき駅前にお城が復活!?」



映画動画紹介
黒パグナイトが福島県いわき市いわき駅前の磐城平城本丸跡地で2016年10月1日に行われた磐城平城復元「一夜城プロジェクト」をワンワンレポート♪ 本丸跡地の外周を散策し(1分12秒〜)、夜は磐城平城の天守にあたる三階櫓が一夜城として復活するイベント(3分28秒〜)を見ました。灯された松明と勇猛な鬨(とき)の声がカッコイイ〜!磐城平城復元を目指す清水敏男いわき市長のステージ挨拶(5分47秒〜)もご紹介☆彡(8分作品)

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ロケ地:福島県いわき市 JRいわき駅徒歩1分 
撮影日:2016年10月
参考URL
磐城平城本丸跡地

駐車場 駐車場メモ
わが家がいわき駅近くに行く時は、駅の南口の駅前にある駐車場をよく利用するのですが、この時はこちらの駐車場がイベントの関係で利用できなかったので、駅からちょっと離れた街中のコインパーキングを利用しました。いわき駅の南口界隈は駐車場が沢山あるので、マイカー旅行者には便利なスポットです。

あせあせ(飛び散る汗)混雑度メモ
日没後に行われる一夜城イベントが始まるのを、普段は駐車場になっている駅前のイベント会場で待ちました。会場は大勢の人で埋め尽くされていて、犬連れのわが家は人ごみの一番外側に位置取りをしたのですが、その辺りはスペースにわりと余裕があったので、さほど困りませんでした。

犬 犬の同伴条件メモ
現地では犬の連れ込みを制限する表示は特に見ませんでした。いわき駅の自由通路を歩いていたら、改札口前のところで近くに住んでいるというご夫妻から、うちもパグを飼っていたのよ〜と声をかけていただき、黒パグナイトのことを可愛がってもらいました。いわき駅は人通りが多いのでこんな風に声をかけてもらえることが結構あって、旅の楽しみの一つになっています(^^)

レストラン 犬連れ飲食メモ
駅前にある複合ビルのLATOV裏側の歩道にベンチがいくつかあって、休憩に利用したことがあります。このベンチのすぐそばにあるパン屋さんの「マンママリィアイスブレッドラトブ店」はお気に入りのパン屋さんです。そのもうちょっと先にある「星野製パン平銀座店 」の「玄米パン」は、知る人ぞ知るいわきの名物のようです。また、ベンチの向かいにある「コロッケ工房西野屋」のコロッケも有名みたいですね。それから、いわき駅の南口から階段を上がってペデストリアンデッキを北口方面に歩いたところ、自由通路に面したいわき駅ビルの2階にある「Vege Cafe いわき駅ビル店」も大好きなお店です。いわき産の食材を使った「スムージー」が絶品!駅ビルの中なので犬連れでは入れませんが、わが家は二人+1匹なので一人は外で黒パグナイトと待ち、一人が中に入って買ってきたのをビルの外でいただくというのが、いわき駅チカ・グルメの定番になっています。

目 オススメ情報
ムービー前半で紹介している磐城平城本丸跡地の外周をぐるっと回る一周コースは犬連れにオススメです。現在では普通の住宅街のような感じになっている所ですが、お城があった頃そこはどんな場所だったのかということを事前に調べたり想像したりしながら歩くと結構楽しいと思います。一周コースの途中にある「丹後沢公園」はハナショウブの名所。下り階段がかなり長く続くので、黒パグナイトと訪ねた時は抱っこで下まで行きましたが、なかなか素敵なところでした。

exclamation注意
2016年12月現在、磐城平城本丸跡地は、イベント開催に合わせて開放している時をのぞいて普段は立ち入れない場所になっています。「旧平城本丸界隈」の龍が城美術館も休館中で残念なんですが、磐城平城の復元に向けた動きの中で、いつ訪ねても入ることができて楽しめる場所になるようにと願っています。

ペン鈴っぴの制作後記
磐城平城は、2015年にふくしまデスティネーションキャンペーンに合わせて22年ぶりに無料開放された時の夏と秋に訪れ、お気に入りになった場所です。小ぢんまりしていて一見なんてことはない場所に見えますが、歴史的背景に思いを馳せたり、街中に残った小さな山の中の箱庭のような自然を見つめたりすると、なかなか面白いものがあります。

2016年の初め、今年の10月に「一夜城プロジェクト」なる催しが行われることを耳にしまして、お世話になっているいわき駅のいわき市総合観光案内所さんに聞いてみると、何が行われるのかは秘密ということで、一体どんなイベントなんだろうとワクワクしながら10月がくるのを待ちました。イベントは夜に行われると聞いたので、ライトアップかプロジェクションマッピングかな、などと想像をめぐらしていました。

イベント当日、いわきのイヌ友さんに聞いてみると、少し前からお城が出現しているよと教えてもらって、いわき駅に着いたら駅の後にお城が見えてオォッ!!となりました。日が暮れるとお城がライトアップされ、いわき駅の後に磐城平城の三階櫓の姿が浮かび上がりました。しかし、イベント開始時間はまだ先です。ここから先、一体どんな事が起こるんだろう?と期待に胸が膨らませていると、一夜限りの幻想的な時間が始まりました。その様子は是非ムービーでご覧下さいね。

一夜城プロジェクトが始まる前に本丸跡地の周りを一周したのですが、この時、いわき駅近くの道路沿いで「鈴木辰三郎翁之像」に出会いました。この方は、いわき市合併前の14市町村のうちの一つ平市(いわき駅の辺り)の市長さんだった方で、戦後の町の復興に尽力された方だそうです。この日は、鈴木辰三郎翁之像に出会った後、幕末の戊辰戦争で焼失した磐城平城の一夜城プロジェクトを見て、その後に現いわき市長清水敏男氏の磐城平城復活に向けた計画のお話を聞いたことで、たった一日の間でいわきの現在・過去・未来を垣間見るタイムトラベル的な体験をすることができました。

ムービーでは割愛しましたが、市長さんのお話の後、駅前ビルのラトブ北側壁面に投影された「いわきを繋ぐプロジェクションマッピング」でいわきの半世紀の歩みを振り返る映像や、子どもたちが描いたいわきの未来の姿のイラストを楽しんだ後、駐車場へ向かう途中で鎧姿のおじさん達に出会いました。ムービーのエンディングに登場する方です。わ〜鎧武者だ〜〜と思い、一緒に記念撮影してもいいですかとお尋ねすると、どうぞどうぞと気さくにお返事してくれました。おじさんは、いわき駅近くのバー(店名を忘れてしまいました。ゴメンナサイ)のマスターで、一夜城イベントに合わせて鎧姿で街を歩いているのだと教えてくれました。東京から一夜城を見に来たんですよ、と言うと、おじさんの陽気な雰囲気がすうっと変って凛とした佇まいになり、いわきって東京から3時間ぐらいで来られるんで、是非また来てください、いろいろと、みんな、頑張ってますから、と言葉がこぼれました。

今まで黒パグナイトといろいろな観光地に行きましたが、いわきの人ほど、誠実さと熱意を持って「また来てくださいね」と言ってくださる観光地の人を、私は他に知りません。東京に住んでいると、いろいろな所から東京に人が来てくださることを当たり前のように思ってしまいますが、それがどんなにかけがえのない事なのか、いわき旅をするようになってから知ることができました。学びの多いいわき旅、これからも続けていきたいと思います。

「磐城平城(幕末の磐城平攻防戦)について」
磐城平城が焼失した幕末の磐城平攻防戦について調べてみたのですが、この話、大河ドラマにしてほしい!!!!ということで、超・長文にて別ページにつらつら書いてみました。お時間が沢山ある方、または、活字の洪水を見ても目が疲れない猛者の方は読んでみてくださいね(^_-)-☆


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「磐城平城(幕末の磐城平攻防戦)について」

犬連れいわき旅で磐城平城の本丸跡地を訪ねるにあたってその歴史を調べてみたところ、幕末好き(そして幕府びいき)の私は、おぉ〜!と心の内で何度も歓声をあげてしまいました。磐城平藩の初代藩主・鳥居忠政によって築城され、藩庁が置かれ、幕末の戊辰戦争で焼失した磐城平城。明治新政府軍を二度に渡って退け、三度目の攻防で遂に包囲されるも、城の門は最後まで破られることなく、守備隊は城内に火を放って城から脱出した。そのエピソードが、今の磐城平城本丸跡地に残していったとても素敵な事柄について、書いてみたいと思います。

磐城平城 本丸跡地案内図
磐城平城 本丸跡地案内図

<新政府軍を二度退却させた磐城平城守備隊>
磐城平城に関して全く知らなかった私は、まずは基礎知識をと思ってウィキペディアの『磐城の戦い』のページを読んでみました。「第一次磐城平攻防戦」。稲荷台(現在の子鋤倉神社(福島県いわき市平字揚土30)の辺り?)に砲弾をしいた米沢藩・仙台藩・中村藩兵は新政府軍の前進を食い止め、新政府軍は湯長谷に一時退却。「第二次磐城平攻防戦」。散開して城に近づく新政府軍を、戦意高揚していた藩兵と六斤砲が迎え撃ち、新政府軍は湯長谷に撤退。すごい。幕府側が新政府側を二回も押し返したんだと、私はびっくりしました。新選組と白虎隊好きの私は、鳥羽・伏見の戦い以降、会津戦争まで幕府側は負け続けというイメージがあったので、幕府側が少しでもやり返した局面があったのだとちょっと嬉しい気分に。磐城平城の周囲では、平潟から上陸されたり湯長谷を占拠されたりと、幕府側はじわじわ追い詰められていたのですが、磐城平城に対する直接攻撃は二度防いだ。ここで新政府軍には援軍が来ます。しかし、磐城平城に駆けつける援軍はほとんどなく、やがて城は包囲され、藩主に代わって城主になっていた安藤信正公は、家臣団に説得されて城を脱出します。

岩城(磐城)平城内外一覧圖(図)
岩城(磐城)平城内外一覧圖(図)

<包囲戦、3000対200の戦い>
信正公の脱出後、城に残ったのは200名ほどの兵と、磐城平藩の家老・上坂助太夫、中村藩の相馬胤眞(将監)でした。中村藩といえば、相馬野馬追いの地です。磐城平城の地元の軍勢に同じ浜通りから助太刀が来た構図です。対する新政府軍は、3000名の兵力と激しい砲撃で城を攻め、ついに山砲の一弾が内門に命中。新政府軍は城内に突入しようとしたが兵の連携を誤り、守備隊はその隙に内門を封鎖して城内に攻め込まれるのを防いだ。新政府軍の攻撃は夜になっても止むことはなく、守備隊の砲弾は尽きかけ、城外からの補給は絶望的だった。上坂と胤眞が各隊長を本丸に召集して残弾を確認したところ、弾は一人当たり十発に満たなかったといいます(相馬将監家中村藩御一家より)。上坂助太夫は城を枕に戦死する覚悟を定め、後は磐城平藩のみで守るので退去するよう相馬胤眞に促した(ウィキペディアより)。……涙。上坂の役目は、仙台に向けて脱出した信正公のために時間を稼ぐことだったと思われます。信正公の命を守るため、一分一秒でも長く時間を稼ぐために、一人でも多くの兵力が欲しかったはずです。それなのに、必要な兵力を手放そうとしたのは、共に戦ってくれた中村藩の兵たちをここで死なせたくないという思いがあったからではないかと思います。

磐城平城 本丸跡地よりいわき駅を臨む
磐城平城 本丸跡地よりいわき駅を臨む

<仲間を思う気持ちがあったのでは…>
そんな上坂に胤眞は言いました。「この一敗をもって全ての敗北としてはならない(ウィキペディアより)」上坂は胤眞に説得され、城を脱出する方針に改めました。一度死を決意した武士が考えを翻すのは大変だったと思います。自分が守り続けてきた城を捨てて逃げるという行為は、死ぬよりも辛いことだったでしょう。でも、生きのびれば先に発った信正公に追いつき、戦い続けることができる。そのためなら、屈辱に耐えよう。そんな葛藤があったと思います。胤眞には、自分たちだけで城から逃げるよりも、上坂らと一緒に逃げる方が兵力が増えて得だという思惑があったかもしれませんが、共に戦った仲間に死んでほしくないという気持ちが絶対にあったはずです。互いに仲間を思う強い気持ちが、この脱出劇を成立させたのだと私は思っています。

<勝てなかったけれど、負けなかった>
もしも城の内門が被弾した時に新政府軍の侵入を許していたら。戦意が高かったという守備隊のことですから、城を枕に討ち死にするまで戦い続けたことでしょう。そして上坂は最後に、磐城平城の天守にあたる三階櫓に火を放ち、その中で自害していたかもしれません。胤眞は脱出したかもしれませんが、門を破られ、戦友を死なせての退却は、兵たちの戦意を致命的に奪ったでしょう。同じ城の焼失でも、これでは全然違います。門を破られ、敵に攻めたてられて火を放ったのではない。門は最後まで破られなかった。勝てなかった戦いだけれど、浜の男たちは最後まで負けなかった。

<本丸跡地に残された清々しさ>
磐城平城は「磐城名物三階櫓、竜のお堀に浮いて立つ」と詠われた三階櫓と、八棟櫓がともに焼失し、現在残っているのは石垣と内濠の跡だけ(門の一部が残っているという情報もあり)です。本丸の跡地はイベント開催時などに開放されていて、JR常磐線いわき駅から徒歩5分ほどのところに入場ゲートがあります(普段は閉まっています)。あの時、もしも城の門が破られていたら。入場ゲートから山頂の本丸跡地に向かう道すがら、破られた門から新政府軍が城内になだれこみ、次々と打ち倒されていく守備隊……、家老の上坂はついに自害……、なんて思いながら頂上に着いたら、気持ちはすっかり落ち込んでしまうことでしょう。今、本丸跡地へ向かう道のりで感じるのは、小さな山肌に設けられた道の木陰の爽やかさ、途中で見られる湧き水の清涼さ、櫓の跡から望むいわきの街並みの大らかさ、です。戦いの後に建てられた旧仮藩庁に入ると磐城平城の復元模型があり、模型の横のスイッチを押すと電球が光って櫓などの位置が示され、おぉ〜ここが三階櫓か、八棟櫓はどれかな?なんて、私は思わずピコピコやってしまうのですが、そんな風に無邪気になれるのは、この城跡に自害の血の匂いがしないからです。そのことこそが、あの戦いにおいて成された「退去」という決断がもたらすものであり、敗北の歴史ではあるけれど、誇りにしていい逸話だと私は思います。

磐城平城 白蛇堀
磐城平城本丸跡地内 白蛇堀

磐城平城 復元模型
磐城平城 復元模型

<相馬胤真、その後>
「この一敗をもって全ての敗北としてはならない」。この台詞、しびれました。武士って、敗北するなら討ち死にするのが美学というのがあると思うんですが、そういうことに囚われず、勝つことを最後まで諦めない本当の誇り高さを感じました。こういう人、惚れてしまいますね。胤真のその後の足跡を調べてみると、磐城平城を退去した後、四倉で中村藩の仲間と合流し、新政府軍を追い散らしながら久之浜まで進んだそうです。この方、本当に強い武将だったんですね。鬼将監という異名があるそうです。その後胤真は、仙台藩、米沢藩の兵と合流し、広野町に布陣する新政府軍を討つため進軍しましたが、広野駅近くの松林から敵の一隊の銃撃を受け、重傷を負って亡くなったそうです。敵に斬られて死んだのではなく、銃弾に撃たれて亡くなったというところが新選組の土方歳三と一緒で、何とも切なく、愛おしさが溢れてきます。

<上坂助太夫、その後>
磐城平城を退去した上坂は、藩兵を引きつれ、仙台へ向かった信正公の後を追い、川内村の長福寺で無事合流することができたそうです。川内村には旧幕府軍・奥羽越列藩同盟の兵が集結し、武器弾薬が運び込まれましたが、信正公は、仙台藩が降伏する情勢を冷静に分析して、この地で決戦を行うことは無意味と判断し、家臣のみを連れて川内村を後にしたため、川内村は戦場にならずに済んだそうです。この信正公の英断や、磐城平城からの退去という決断によって、犠牲にならずに済んだ命があり、その命につながる人々の中には、今の福島の浜通りに住まうひとがいるだろうと思うと、とても感慨深いものがあります。上坂助太夫の子孫で議員として活躍された方がいらっしゃるという情報を見つけました。幕末の混乱の中で懸命に戦い、生きた人々の思いは、今のいわきにつながっているに違いありません。

参考HP
磐城平城本丸跡地公式サイト
磐城の戦い(ウィキペディア)
相馬将監家 中村藩御一家
井出正人著『満天星』より その5 −山村川内の幕末史 長福寺の隠し部屋− | ひとの駅かわうち日記
安藤家家臣子孫 上坂昇さん|日々の新聞 第68号 江戸時代のいわき

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思いのままに長文を書き連ねてみましたが、幕末好きの人がこの文章を読んで、へぇ〜、磐城平城、見に行ってみようかな〜、という気持ちに少しでもつながったら嬉しいです。大好きないわきのひとたちに、この文章を捧げます。 鈴っぴ 拝


黒パグナイトの福島 いわき市 磐城平城復元「一夜城プロジェクト」いわき駅前にお城が復活!?

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